運営者・破暮について(詳細版)

破暮
破暮
このページは、私破暮について、もっと詳しいプロフィールを記載しています!

すっごく長いんで、時間つぶしになれば幸いです! 

表で分かる 破暮の生体

名前 破暮
性別&年齢 アラサーの女
生息 神戸
仕事 クラウドワーカー(卒業したい)
長所 興味を持てば一直線・知識欲が強い
短所 感情的になると言葉が乱れちゃう
好きな物 創作・不思議なこと・自然・チョコ(ビター派)・抹茶・和物
嫌いな物 仕事・きのこ・牡蠣・虫・ホラー系
自分の好きなことで生きる

破暮のこれまで

ざっくりとした流れ
  • 幼少時代:自然に触れて、アニメにも恵まれる
  • 中学~高校時代:陰キャラかつ中二病を確立&役者の夢が芽生える
  • 大学時代:日本の良さを再確認する
  • 卒業後前半:バイトをしながら夢を追いかける
  • 卒業後後半:突然仕事が無くなり、夢を挫折し、うつになる
  • 今:復活を目指して、細々と自由に暮らすための夢を追いかける

 

幼少時代:自然に触れて、アニメにも恵まれる

私の生まれは東京でした。

ずっと小さい時に父親が浮気で両親が離婚。

小学校1年生まで東京で母親と暮らし、小学校の先生がクソで他の生徒からいじめられていたのもあって、母の故郷である神戸へ。

そこから祖父母・母・私・ペットという構成でしばらく暮らしていました。

 

祖母は山登りが趣味で、日曜日には大体いとこと祖母と一緒に山登りに行くことが多かったです。

そこらへんで虫は嫌いですが、自然が好きというようになったのかもしれませんw

 

そして、山登りの時は時々山のふもとにある神社に参拝することがありました。

参拝する目的で訪れるのではなく、山登りのルートの通り道で通ったらお参りをするというものでした。

 

その神社は諏訪神社なのですが、なぜか大きな狛狐がありました。

子供ながら「カッコいいなぁ~」という思いが膨らんで、いつしか狛狐…そのボスのお稲荷さんを好意的に見るようになりました。

 

そして、母はアニメが好きで、後にはアニメイトにも行くほどでした。

今も深夜アニメで「面白い」と思った物は見ていますw

オタクの友達からは、結構羨ましがられましたね!(当時オタクはコソコソやるものというのが強かったですから)

 

「子供に見せたくないアニメ」の代名詞のクレヨンしんちゃんを、母は見せてくれてました。

まあまあ漫画もあって、それなりにサブカルチャーには恵まれていたと思います。

今でもクレヨンしんちゃんは、私の人生を語るうえでは欠かせない作品となっていて、漫画・アニメ・映画どれも大ファンの作品です。

破暮
破暮
 臼井先生何で亡くなってしまったんや…って思うぐらい大好きです

 

中学~高校時代:陰キャラかつ中二病を確立&役者の夢が芽生える

中学生になって、何やら陰キャラ感が漂ってきました。

小学5年からニキビができだして、出不精になったのもあって、いわゆる「ブスデブの陰キャ」になりましたw

 

言いたいことも容易に言えず、自分からグイグイ行く陽キャラの陰になったんですね。

「長い物には巻かれよ」みたいな…。

 

ブスでデブで陰キャってすごい3拍子ですよね?!

このびっくり3拍子が整っているせいか、陰口を言われることもありました。

 

でも、そんな私でしたが、ただのデブス陰キャではありませんでした。

 

中学のころから演劇部で演者として出ていましたから!

 

陰キャながらも、舞台では輝く存在でいたかったのかもしれませんね。

 

そして何故か「私は役者になるべき才能があるんだ」と思い、ここから役者になろうという夢を追いかけることとなりました。

 

 

さらにやっかいなことに、いわゆる中二病にもかかりましたw

 

 

どこか「私は孤高の存在」と思う節がある。

 

洋楽の方が好きになり「J-POPはクソ」と思う。

 

というより「日本より海外が優れてる、日本マジクソ」と思う。

 

演劇界隈も「海外の方がすげぇ」と思う。

 

不思議なパワーに惹かれる。

 

特に天使とかキリスト教の情報をあさり始める。

 

ところどころ痛さがあふれ出しますw

 

まぁ、中二病になったおかげで「海外は確かに凄いとこある。でも日本も捨てたもんじゃないよね」って後に思うようになってるんで、若気の至りじゃないんですかね。

洋楽を聞き始めたのも、英語が好きな母の影響でしたし…。

 

で、その英語関連でたまたま見た「天使にラブソングを」でキリスト教に惹かれだし、近所の教会のミサとか普通に行ってました。

もちろん基本的な知識は知った上です。

 

そのうえで、「十字架モチーフカッコいい」とか「ミカエル!ガブリエル!天使!堕天使!」とかなってましたw

 

 

そして、時間が流れて、英語と演劇の両方ができる高校に進みました。

そこでもデブス陰キャラ属性を身にまといながら、まあそれなりに陰キャラとしての生活を続けていました。

 

そこでは自慢じゃないですが、成績優秀・演劇部も良い成績を残す(ただ単に脚本が良かっただけ)ということはしています。

 

それでますます「私は他とは違う…将来海外に行って役者になるんや!!」という気持ちが膨らみましたw

 

大学時代:日本の良さを再確認する

「英語が好き!海外最高!将来は外国で役者やるんや!!」

そんな思考だった私に、ある転機が訪れました。

 

 

演劇方面ではなく、弓道部に入りました。

 

 

 

 

「なんでや!演劇部ちゃうんかい!!!」

ってなるでしょ?

 

勧誘の先輩方の熱量と、弓道かっけーの気持ちに勝てなかったんですw

 

まぁ、2年しかもたなかったんですけどね。

そこからは英語劇の活動に入りましたが…。

 

でも、弓道部は厳しいながらも面白かったです。

 

高校はがっつり英語だったので、日本の文化に触れることが少なかったんです。

そこで弓道部ですよ。

いわゆる武芸ってやつですよ。

 

 

嫌でも日本の文化に触れることがあるんですよ。

 

そこで日本の良さを再確認しました。

 

 

弓道を通して自分を律する精神とか、弓道にまつわる歴史とか…。

あと合宿で自然あふれる「ザ・日本の田舎」に触れて、

 

「日本って…私が思った以上に素敵なとこあるやん…なんで日本はクソで海外素晴らしいって思ってたんやろ……」

 

ってなりましたね。

 

あと普通に外国語学部で、英語を学んでるうちに「日本の古文とか民俗系のもんって、面白かったんや…」って思ったのもあります。

破暮
破暮
もちろん英語だって、文学ならその国の文化が反映されてるので、面白い部分はあるやけどね

でも、それと同時に日本文化や古文の面白さに気づいたんです 

 

卒業後前半:バイトをしながら夢を追いかける

卒業後、大多数が就職する中、私は就職せずにバイトを続けました。

それと同時に、役者になるために、演劇のワークショップに通い続けました。

 

接客業が昔から苦手な私は、在宅ワークができるクラウドワーカーになって、キュレーションサイトの記事執筆のバイトをするようになりました。

 

それなりに収入があり、夢に向かって頑張っている。

順風満帆な時期でした。

 

「いつか俳優になれる」って本気で思っていました。

 

卒業後後半:突然仕事が無くなり、夢を挫折し、うつになる

2016年12月…それは突然訪れました。

 

 

私の仕事が急に無くなったんです。

 

 

いつものように仕事をしようとしたら、記事作成のサイトが無くなってる。

テレビをつけてニュースを見たら、記事作成をしているサイトと同系列の会社が運営する医療系情報まとめサイトで、不祥事を起こしたとか。

 

そこには、私がお世話になっているサイトもありました。

 

 

医学的根拠のないでたらめな記事を書いていたことが世に知られ、その会社が運営するキュレーションサイトは、全部無くなりました。

 

 

 

私は問題となったサイトで記事を作っていたわけではありません。

とばっちりで仕事を無くしました。

 

 

 

さらに悪いことは続きます。

収入が急に無くなって数か月した後、なぜか演劇のワークショップに行く気力がなくなってしまいました。

 

 

演劇の勉強を続けて、俳優になる気力が、ぷっつりと糸が切れたように無くなってしまいました。

 

そして気が付いたらうつになって、毎日死にたくなりました。

 

毎日死にたくて死にたくて、うつな気分でいっぱいでした。

でも、死ぬにしても苦しかったり痛かったりの壁を乗り越える必要あるじゃないですか。

 

それが無茶苦茶嫌だったんですよ。

 

死ぬんだったらぽっくり何の苦痛も無くいきたいです。

 

 

あとその後の処理とか誰がするんだよ…とか考えたら、ああもうめんどくせぇ!!!ってなって、うつな日々を過ごす。

 

自分を責めて、苦しい気持ちになって、眠れない。

眠れたとしてもダラダラ眠るぐらい。

 

生きても苦しいし、死ぬのも苦しい。

 

そんな負のサイクルから抜け出すために、心療内科に通うための重い腰をあげました。

それまでは、大学時代に行った心療内科でクソみたいな先生に当たってしまったので、行くのが嫌だったんです。

 

否定されたらどうしよう…。

 

私の存在がクズだから、こうなったんだって思われないだろうか…。

 

 

 

でも私が受けた診断は、うつでした。

 

 

 

そこからは、睡眠をとりやすいようにする薬と、精神を安定させる薬で、様子を見ながら治療していっています。

 

治療から1年が経ちました。

 

 

あれから私は、まだ「うつ」の感情が芽生えることがありますが、1年前ほど「死にたい」という気持ちが減ってきました。

まだ薬に頼ることもありますが、眠れるようにもなりました。

 

今:復活を目指して、細々と自由に暮らすための夢を追いかける

今でもクラウドワーカーで働いてはいます。

でも、いろんなライターの仕事をしていくうちに、ある疑問が浮かんだんです。

 

 

 

「なんか頼まれる記事…文量無駄に多くね??」

 

 

 

「結局それって同じようなこと言ってるだけだよね?この記事もっと文の量を少なくしてスマートにすることできるんじゃないの?」

 

 

 

「なんで興味の無いことを、4,000字とか8,000字とかグダグダまとめないといけないの?」

 

 

 

「あほくさくない?この文字数制限」

 

 

ちなみに、今この文章で文字数は4,000超えました。

今自分の話をしてるから良いですけど、これが興味の無いことだったら頭が「イ~~~~~ッ!」ってなりますよw

 

それで仕事が続かなくて、今は親の稼ぎに頼りながら、月に1万円の収入を細々と続けてます。

 

どうにかしなきゃ…と思っている矢先、ブログの道を見つけたんです。

 

 

いや、それまでにもブログでトレンドを追いかけるとか、アフィリエイトで副収入とか色々やったことがあって、2~3か月に1回な感じで収入が入ることはあります。

 

でも、本格的にすることはできなかったんです。

途中で飽きて放置しちゃうので。

 

 

でも、もう私にはブログで情報発信をする道しかないなと思いました。

 

だって、接客業は嫌い。

ライターで記事を書くスキルはあるけど、興味の無い分野をダラダラ書き続けるのも嫌い。

 

 

いざ自分が発信する情報をどうしようか…と考えたら、これまで私の人生の中で関わってきていた文化・自然・サブカル関係なら発信できるのではないかと思いつきました。

 

自分が興味のあることならそれなりに上手い事まとめられるんじゃないか。

 

 

根拠の無い謎の自信ですが、そうすることで今の状況からの復活を図ったのです。

 

今もその野望は続いています。

 

 

今の状況を打破して、自由に暮らす生活を手に入れる。

 

そのために、私は自分の好きなことを、このブログで発信することに決めました。

 

破暮
破暮
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

私のこれまではここまでです。

よくあるV字回復劇は、まだまだこれからです。

私の知識や経験が、誰かの役に立てたら良いなと思っています!

よろしくお願いします! 

 

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